14:46 黙祷

被害に遭わた方のご冥福をお祈りするとともに、いまなお心の痛みを感じながらも復興に励んでいらっしゃる方が

安心して暮らせる日がくることをお祈りします。

あれから7年

娘が夕飯のときに『お母さん、明日で7年だよ』と。

あの日、私たち一家は茨城県小美玉市に住んでいました。

当時、娘は保育園年中さんで、まだ5歳のとき。

お迎えに言ったときは、先生に抱きかかえられ手渡されたことを今でも覚えてます。

娘に、あの日ホールでみんなで丸まって待ってたんだよね?と聞くと、

畳みたいなものをかけて寝転んでたんだよ!『ござ?』って聞くと『そう。それそれ!』

先生が、みんなにかけて歌を歌ってたよと。

迎えに行けたのは、すっかり日が沈んだあとでした。

携帯のエリアメールのアラームが鳴るたびに、しがみついてきた娘。

帰宅した家の中は、電気もつかない我が家の状態を見ることさえも困難でした。

小学6年生の娘は、友人宅に避難させてもらっていたのですが、友人も高校生のお嬢様を迎えに行くのに

娘を一緒に連れて行くかどうか悩んだそうです。

もし、迎えに行ってる途中で、また地震が来たら?うちの娘を守ることができるのだろうか?

このまま置いて迎えに行けば、私と会える時間が早いのではないか?と。

でも、置いたままでかけて地震が来たら?この子は一人で不安になってしまう!と。

友人はうちの娘と彼女の下のお子さんを車に乗せ、高校生のお嬢様を迎えにでました。

そのとき、私の携帯はつながらず、メールを送ってくれてたのです。

『娘を迎えに土浦まで行ってきます。娘さんを置いていくべきか?それとも連れて行くべきか?

置いて一人不安にさせるわけにはいかないです。必ず帰ってきます。ゆかさんも気をつけて帰ってきて下さい』

とのメールが入ってきたのは、彼女が15時半に送信してくれた3時間後の18時半くらいでした。

それでもメールを見れたときは、まだ帰宅途中だったのです。

19時40分、友人が土浦から無事帰宅。娘とようやく会えました。

小学校ではガラスが割れたり、校庭に避難したもののフェンスが倒れたり、電柱がグラグラと揺れたり

『死ぬかと思った・・・』と。

親子3人、毛布にくるまり家の中で待機。

ストーブさえつけられず、寒さをしのぐのは毛布にくるまることだけでした。

当時、夫は単身赴任中で不在。娘を預かってくれた友人宅のご主人が帰宅後、我が家へ駆けつけてくれて

『うちに来てて!』と、友人宅に避難させてくれたのです。

このときは、本当に心強かったことを忘れていません。余震の怖さから子供達は吐き気を感じ出していました。

ほとんど寝れないまま朝を迎え家に帰宅。

幸い我が家の中は、本棚から本が落ちているだけくらいでしたが、道路を挟んだお向かいのお宅は

食器棚が倒れ、食器が割れてしまったり、壁に亀裂が入っていたり。

数百メートル離れたお宅では、瓦が落ちてしまったりと、地震の被害を娘2人と見て震えていました。

じつは、まだこの時は『津波の被害』を目にしていなかったのです。

目を疑ったテレビの映像

翌朝、埼玉の実家の父から電話が入りました。

『ようやく繋がった!!みんな無事か?』

地震直後から何度かけても繋がらなかったことを聞かされました。

ただ、このとき携帯電話と固定電話はつながらなかったのですが、IP電話からかけてきてくれた知人とは連絡がついたので、私たち家族が無事だということは父にも連絡をしてくれてたのです

それでも、本人の声を聞くまでは不安で心配で寝れなかったという両親。

父は『今すぐ、そっちを出てこっちに向かいなさい!』と。何時間かかってもこっちへ帰ってこい!と。

原発がどうなるかわからない。地震は落ちついても原発が・・と。

いつもならどんなにかかっても2時間の道のりが、この日は8時間かかって茨城から所沢に着きました。

帰宅難民と呼ばれた人たちが歩いてる姿を車の中から見かけました。

実家について、母が用意してくれた食事を食べた後につけたテレビ。

この時に初めて、津波の映像を目にしたのです。

震災から1日すぎた後でした。

まさか??ウソでしょ?と、ウソであってほしいと思う映像だったのです。

でも、現実に起きた東日本大震災。

私たち家族が経験した震度6強。立っていられないほどの揺れと、聞いたことのない地鳴り。

あれから7年。でも、あの日のことは忘れられない。いえ忘れてはいけないと思ってます。

当時5歳だった娘は、今でも地震を感じるとすぐ毛布をかぶります。

その娘は今年から中学生。いつどこで何が起きるかわからない。

だからこそ、今を今この時を大事にしていこうね!と、夕飯での会話となりました。

6年生だった娘は、20歳を迎えます。

社会人として2年目。もし、地震が起きたら?あの時のように誰かが守ってくれるかもしれませんし、

もしかしたら、守る立ち場になるかもしれません。

いざという時のこと、家族で改めて確認する3月11日。

復興はもちろんですが、東北・福島の方々が心穏やかに過ごせる1日であることを願います。

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